「がんばれ!」と声援するのは重圧ばかり、
人を励ますなら「リラックス!」というのが正解

武田 鉄矢

 いつか見たテレビのニュースで、小学6年生の子が自殺したという報道がありました。同じ年の子を持つ親として、すごくショッキングな事件でした。ところでこの事件、両親も学校も、「どうしてあの子が自殺したかわからない」っていうんですね。原因がわからないっていうんです。「もし、原因があるとすれば、私たちはあの子に“がんばれ!”と言い過ぎたかも知れない・・・」それがご両親の結論でした。

 「がんばれ」・・・ぼくもおととし、「3年B組金八先生パート3」のテーマ曲として、『声援』という歌をつくりました。その歌詞は、「がんばれ、がんばれ、頼む、がんばってくれ」
 ちょうど、ソウルオリンピックの年で、日本選手団を贈る言葉が、『がんばれ!日本』
 日本人って、「がんばれ」という言葉が好きなんですね。でも、これはぼく自身への反省も込めて言うんですが、子供に対して、「がんばれ」っていう言葉、あんまり多用しないほうがいいと思うんです。

 考えてみると、「がんばれ」っていう言葉、日本語の中でもすごく悲しい言葉だと思うんです。
 たとえば、明日をも知れぬ病人に「がんばれ!」。ビリを走るランナーに「がんばれ!」。入試前、自信のない子に「がんばれ!」
 これって「無理をしろ、今以上の力を出せ」っていう事なんですね。

 これは、ある通訳の方に聞いたんですが、日本語の「がんばれ」に相当する言葉って、英語にはないそうです。この通訳の方は、プロ野球の外国人選手をサポートする仕事をしています。
 助っ人として、外国人選手が初来日し、記者会見が行われます。このとき、質問を終えた記者の方が、必ず言う言葉、それが「がんばれ」なんだそうです。
「それじゃ、がんばってください」。通訳の方は、この言葉を訳さないそうです。訳して外国人選手に伝えようとしても、適当な英語がないんだそうです。
 誰かを励ます。これは日本とアメリカ、どこでも同じです。でも、その言葉が全然、違うらしいんですよ。
 日本は、「がんばれ」これは英語だと、[HAVE A FIGHT」、日本でもよく言う「ファイト!」っていう言葉が当てはまります。
 でも、アメリカの場合、励ます言葉は、「ファイト」じゃないんです。『BE RELAX』、つまり、「リラックスしろ」なんです。これって、正反対ですよ。

 子育てから始まって、スポーツ、進学、社会生活、いろんなところで我々日本人は「がんばれ」を言い過ぎるのではないでしょうか。
 もし、「がんばれ」の代わりに、「リラックス、リラックス!」。みんながそう、声をかけてあげたとしたら、結果は別のものになっていたかも知れません。
 日本人て、ただでさえ、緊張しやすい国民だと思うんです。「がんばれ」っていう言葉は、それに輪をかけてしまいます。
 皆さんだって、覚えあるでしょう。結婚式の緊張、そして、初めての夜。特に男性は「がんばらなくちゃ!」と思うと、よけい、ダメになってしまうものなんです。
 
 皆さんのご主人は、まだまだ、寝室でも元気だと思いますけど、くれぐれも「もっとがんばってよ」なんて言わない方がいいと思います。「リラックス、リラックス!」これですよ。
 思い起こせば、ぼくの結婚式の時も大変でした。事もあろうに、式場の係りの方が、大緊張してしまったんです。
 福岡では、芸能人の結婚式って珍しいですからね。取材の記者やカメラマンもたくさん来ています。
 ケーキカットの時、僕たちを誘導してくれた係りの人が、緊張のあまり、つまずいて、ウエデイングケーキを倒してしまったんです。
 呆然と立ちすくむ中、前の方に座ってた先輩の言葉、今でもぼくは忘れません。「武田、不吉やな〜!」
 
 さて事務所で時間をつぶしてる間に、夕日も西の空に消えかかりました。「そろそろかな?」。電話しますと、女房の声。よかった!帰ってました。
「これから帰るよ。それとさあ、まあ、家に帰ってからゆっくりと話すけど、“がんばれ”はやめような」
「エッ?何の事」
「だからさ、これから子供達に、あんまり、がんばれ!っていうのはやめよう」
「じゃあ、何ていうのよ?“がんばってくださいませ”とでもいうの?」
 憎ったらしい言い方。やっぱり、結婚したのは不吉だったのかも知れません。
 でもまあ、この女房と子供達がいるからこそ、ぼくはここまで来れたのです。なにしろ、自分一人では、玄関のドアさえ、開けられないぼくなのですから。
「パパ、早く帰っておいでよ」。女房に代わって、受話器から菜見子と空見子の声。

 ぼくは以前、「『人』という字は、人と人が支え合って『人』なんだ」とブラウン管の中で語りました。でも、40才を過ぎ、心身がくたびれてきて、つくづく思うのです。「『人』という字は、倒れそうな父親を妻や子が、ひざまずいてしっかりと支えてくれる。だから『人』なんだ」と。