松下幸之助の人の動かし方

1、どの本でもそうですが、重要な部分はほんの少しだけで、大部分はまあどうでもよいようなことが書いてあるわけです。人の使い方といった本でもそうです。その本の中で最も重要なことは何かをつかむことが一番のポイントなのです。そうでないと、何冊本を読んでも役に立ちません。どうでもよいようなことばかり頭に入って、肝心なポイントは抜けていることになります。

2、叱るというのは、相手の人間の言語、動作や考え方の上に足らざるところや誤ったところがあるから、それを正しくしようとするための行為です。間違いを正してやりたい、悪いところ足らざるところを鍛えて一人前の人間にしてやりたい、もっともっと実力を伸ばしてやりたい、そうすることで全体の仕事をうまくやっていきたい。
 そういう熱意、熱情のほとばしりが『叱る』という行為となってあらわれてくるものでしょう。だから、そういう熱意、熱情、真剣な態度が相手の心を動かし、心の底からの反省や奮起を促すのです。そして、叱る人間の人格とか人柄に部下を引きつけうる魅力があり、部下との間に信頼関係ができていることが重要になります。

3、超ワンマンでありながら、幸之助さんはどこの会社よりも人づくりに力を注ぎ、それに成功してきたこと。超ワンマンでありながら、誰よりも謙虚で誠実で、おごりがないこと。超ワンマンでありながら、私心がなく、表裏が無く、いわゆる建て前と本音が分離していないことなどがあげられます。

4、聞き上手の口癖は「あんた、どない思う?」・・・幸之助さんの秘密のカギの一つがこの“聞く”ことにあるのです。幸之助さんの秘密というのは、一見平凡なことが多いのです。ところが、幸之助さんが違うのは、それを徹底してやる。何事にも徹するということです。
「そんなことはどうでもいい、結論を早くいえ!」と怒鳴りつけたくもなるであろう。それを押さえて最後まで丁寧に聞いてやる。それもなおざりの態度ではなく、いちいちうなずいたり、相槌を打ったりしながらである。これはもうテクニックではなく、相手に対する誠意であり、心の底からそのような気持ちにならないとできることではない。

5、松下氏はその努力を表面に出して誇示することがない。文字どおり血の小便を出すほどの努力をして難関を突破しても、うまくいったのは運がよかったのだという言い方をする。松下氏は、世の中のすべては、天の摂理でできるのが90パーセント、あとの10パーセントだけが人間のなしうる限界だという。
 だから、自分がここまで来れたのは、まったく幸運に恵まれたのだ、と。だが、松下氏は、普通の人なら幸運どころか不幸そのものと考えることにまで幸運を見い出す人なのである。普通の人がマイナス現象とみなすことまでを全部プラスにしてしまうのである。

6、松下氏は周囲のものに自分が長年の体験からつかんだ経営のコツとか、仕事のポイントを折りに触れて教えてくれる。こんなことは、松下氏以外はないことだと述懐する人がいる。学校で校長や教頭が生徒への教え方のコツを教員に教えてくれるかというと、そんなことはまず無かった。役人生活でも同じ。仕事のやり方は当然説明してくれるが、それだけのもの。ところが松下氏は、誰にでも惜しげなく、一番重要なポイントやコツ、それに精神まで教えてくれる。

7、上手な教え方というのは、相手の知らないこと、気づかないことを言ってやることだ。部下が百も承知していることを長々しゃべっても余り効果はない。松下氏は部下の知らないこと、気づかないでいたことを教えてくれる。そこに教え方の名人たるゆえんがある。

8、松下幸之助曰く、部下の短所を見ず、長所を見るようにせよ。
曰く、人間はダイヤモンドの原石のごときものだ。磨かなければただの石だが、磨きさえすれば、誰でもさん然とした輝きを放つ、すばらしい素質を持っている。
曰く、信頼して思いきってやらせれば、実力以上の力を発揮してくれるものだ。たとえ失敗しても、本人が成長するための将来への投資と割り切ればよい。
曰く、いい人間ばかり集めて仕事をしようというのは虫がよすぎる、そんなことでは会社は大きくならない。もっと大胆に人を使うべきだ。
曰く、十人のうち、自分と志を同じくしてくれるものが二人いて、六人はまあ普通、あとの二人は自分の意志に反する、というぐらいで満足してよい。それで立派な仕事もでき適度な拡張もやっていける。

9、部下の長所と短所を五分五分に見れば普通の見方といえる。ところが、とかく人間は他人の欠点の方を強く意識しがちである。だから、長所を四分、短所を六分、あるいは長所を三分、短所を七分と、欠点をより多く見て長所を見逃してしまう。この視点をぐっとプラス方向へ移動し、長所の方をより強く見るようにせよというのが松下氏の主張なのだ。

 短所の方も全然見ないのはいけないから、長所六分に短所四分、あるいは長所七分に短所三分ということにしたら、人がよく使えるようになる。一般に短所を見ずして起こる弊害よりも、長所を見ることによって生ずるプラスの方が大きいと考えていい。

10、上に立つものほど謙虚であれと主張する。ともすれば地位が上がれば傲慢になり、態度も横柄になっていく。そうなっては部下は心服しなくなり、指導者として部下を動かしてゆくことができなくなってくる。むしろ地位が上がれば上がるほど、ますます謙虚にへりくだるという面が必要だという。

11、松下幸之助に学ぶべきは、ワンマンでありながら、大幅に部下に権限を委譲したところにある。方針と目標を明確にするだけで、あとの方法と手段は注意すべきことはむろん注意するけれどもできるだけ自主的に任せてしまうのが、松下氏の仕事のやり方であった。
 特に初期の頃は、会社の発展が急速なこともあって、若い連中に思いきって大きな仕事を任せてしまった。まだ経験が浅く能力が不足していると思われるものにまで「君ならやれる」と励まし、半ば暗示をかけるようにして自信を持たせ、仕事をやらせた。これが人材育成に大いに役だった。

12、「人間は厳しく要求されることによって進歩向上がある、甘やかされていたのではどうしても勉強も努力もしなくなる。厳しい要求を与えてやるのが本当の親切である。」
 厳しく要求する。厳しく要求されたら、相手はこの要求に応えなければならなくなる。要求に応えようとすれば、一生懸命努力しなければならない。一生懸命努力していれば自然と進歩向上する。したがって厳しい要求を与えることが相手を進歩向上させることになる。厳しい要求を相手に与えれば与えるほど、それが本当の親切になるのだ。

13、松下マンは永遠のランナーでなければならない・・・松下氏は完成したばかりの新商品を見て製造担当者に「ご苦労さん。ええもんができたな。さあ、今日からこの商品が売れなくなるような新商品をすぐに作ってや」といった話は有名である。


※人間とは弱いものだ。自主的にやる人、誰に何とも言われないでも最善を尽くすという人は実際にはいない。誰かの監督や導きによって、仕方なく、それもやかましく怒られて仕方なくやってきたことが習い性になり、その人の立派な習性になるものだ。
(注)【習い性】習慣がたび重なると、その人本来の性質のようになること。