ジーコのリーダー論

       鹿島アントラーズ・ジーコ著

1、私の最大の喜びは、選手が成長して活躍する姿を見ることだ。それは、私自身の仕事の結果を知るバロメーターにもなる。

2、試合後のヒーローインタビューでも、「自分が活躍できたのはみんなのおかげです」「〇〇君からのいいパスがあったから、自分はただそれを蹴り込んだだけです」と、チームメイトの陰の功績を讃えられる選手であるのがふつうだ。
 そのようなチーム意識があれば、目だつ活躍をして、注目され、アイドルになっても構わないと私は思う。それがチームのためになるのなら、素晴らしいことだ。
 自分がいい仕事をしたとき、それは自分一人がやった結果ではなく、チームメイトがうまくサポートしてくれた結果だということも忘れてはいけない。

3、アルシンドの役割は点を取ることだから、いくら点を取っても私は賞賛こそすれ非難することはない。私がアルシンドを怒ったのは、パスをすれば簡単に点が取れる状況なのにパスをせず自分でゴールを狙い、チームのチャンスを壊してしまったからである。

4、一つの戦術を効果的にしかも確実に実行できるようにするのは、もちろん練習によってしかない。そこで、練習のやり方が問題になってくる。
 日本の指導者達は、ハードワークを課すが、その練習にどの様な意味があるのかを選手達に理解させていなかった。ハードな練習を繰り返しているのだが、それが実戦に結びついていなかった。

5、限られた時間の中で、いかに効果的な練習を積めるかどうかで、その練習の質は決まってくる。そして、練習の質は目的意識に支えられている。

6、まず私は、選手全員に練習は試合のためにあることを意識させた。これは、当たり前のようだが、案外見落とされていることだ。そのために徹底した基礎練習と、実戦で起こりうるさまざまな要因を入れて練習を組み立てた、その中で、各選手が何をやらなければならないのか、どんな役割になっているのかを叩き込んだ。それが理解されていないと思えば、練習を一時中断してみんなを集め、何度でも説明した。

7、質の高い練習とは、何も難しいプレーを覚えさせることではない。誰にでもできることでありながら、当然やるべきことをいつどんな状態でもできるようにするのが質の高い練習だ。この目的意識がしっかりしていれば、途中で選手が交代しても、大幅な戦力ダウンになることはない。

8、私は、チームを勝利に導くために自分は何をすればいいのかを理解していない選手は、たとえどれほどの実力の持ち主であろうと使わない。

9、自分の役割を認識していない者が一人でもいると、組織にマイナスをもたらす。組織を預かるリーダーは、非情なようだが、そういう人間をはずすことも必要だ。しかし、同時にチャンスも与えてやらなければならない。 自分の役割を認識し、組織のために自分は何をやらなければならないかを気づかせる状況を作ってやるのである。そこで、自分の果たすべき役割がしっかりと見据えられれば、それまで以上に大きな戦力として育てることも可能だ。そうやって組織のすべての人間が同じ目的を持ち、そこに到達するための自分の役割をひとりひとり理解していれば、その組織は最強のものとなる。

10、レベルの高い本物に接すること。これはサッカーに限らず、あらゆることについて言えることだ。それがプロ意識を育てる一番の近道である。レベルの高い一流の仕事を目の前にして、それを自分のスタンダードとする。リーダーは、そういう環境を作って、一流の人間に接する機会をどんどん部下たちに与えてやるべきだろう。

11、選手の一番能力の発揮できるポジションはどこかを考え、それを躊躇なく与えた。私は、これまで常にそうやって、部下の適正を判断してきた。前歴や経験は関係ない。たとえ部下が違和感を覚えても、一時チームの勢いが衰えても、それが部下を生かし、組織を強くする最も簡単な方法だと信じている。

12、選手の才能に対して、あれはいい、これはダメと結論を急いではならない。一見プロとしてやっていくには才能が足りないと思えても、あわててダメという烙印を押すことはない。まずはその選手をいろいろな角度から分析し、それから対処法を考えることだ。

13、学ぶということ一つ取っても、いろいろなことが考えられる。場合によっては、彼は学ぶ才能が欠けている選手なのかもしれない。才能が欠けていないにしても、学び方が人よりゆっくりなのかもしれない。
 あるいは練習から学ぶのはうまいが、実戦に出て、試合から学ぶことがヘタという場合もあるかもしれない。こういう場合は、学び方さえしっかり身に付けば、ぐんぐん伸びてくる可能性だってある。

14、選手に才能があると判ったら、それはどういう才能で、どんな練習をしたら、それをもっと伸ばしていけるかを考える。指導者としては、それが最も大切なことだ。

15、やれそうもない選手に無理な期待をかけず、やれそうな選手には「やれるぞ」と励ましてやって、その努力を引き出す。これが、選手を伸ばす指導者の大切な役目だ。

16、ライバルとの競争も、結局は自分との叩き合いの道具にすぎない。自分の限界に挑むために、自分の甘えた心に打ち勝つために、当面の目標を据えて、負けないように努力する。それが、ライバルと競争する本当の意味だ。

17、リーダーは、チーム内での競争を通じて、自分のレベルを上げていくのは、ライバルに打ち勝つためではなく、最終的には自分との戦いに打ち勝つためだということを選手に気づかせることが必要だ。

18、日本人選手の最大の弱点は、自分から行動を起こすことをためらうことだ。サッカーの試合では、チャンスだと思ったらためらうことなく、積極的に行動を起こすことが要求されるが、一般に日本選手は、そうした積極性に欠けているように見える。自主性がないのである。彼らは時にフィールドの中で、女学生のようにおとなしくなってしまう。それはおそらく、彼らが間違いや失敗を極端に恐れているからだと思う。

19、日本の選手たちは生真面目すぎて自分から行動を起こすこと、人と違ったことを行うことを恐れ過ぎているようだ。もっと自分という人間に自由を与え、ゆとりを持って自分の個性を伸ばしていくことを学ぶべきである。

20、リーダーは、部下の行動の結果だけではなく、たとえ間違っても積極的にチャレンジしていく精神も評価してやるべきであろう。私は、そうした積極性をほめあげて、選手たちの柔軟な行動を伸ばそうと考え、実行してきたのである。

21、具体的な成果を、2回、3回ではなく、10回、20回と積み重ね、その都度、しつこいぐらいに成功した理由を確認させながら、選手をほめてやる。こうしたことが、何度も繰り返して実際の試合の中で起きてくると、指導者は選手からの信頼を、選手たちは自分自身に対する自信を深めていくのである。

22、自信は、繰り返し基礎を反復させることによって生まれてくる。しかし、それにはある程度の時間が必要だ。基礎技術を完全に習得することは、短時間ではできないからだ。リーダーは、あせらず根気よく指導していくことだ。
23、部下を怒るときの2つの原則 a理由をはっきり示すこと。 b基本的にはみんなの前で怒ること。
 一人の選手を叱ることで、チーム全員にリーダーの意志、目的が伝わっていく。勿論、選手の性格によっては二人だけで話し合うという方法をとる場合もある。

24、ブラジルやイタリアのチームでは、リーダーが叱ったり、注意をしているときには、チーム全員が口を出してくる。彼らは自分が選手だからといって遠慮はしていない。彼らは自分が思っていることは、はっきりとその場で口に出してくる。そして、お互いに「今度はこう作戦を変えたらどうだ」とか「ポジションをこう変えたら、この試合全体が良くなるんじゃないか」などと討論する。チーム全員が、自分のオピニオン、考え方をはっきり述べるのである。

25、もし、自分が「あれではうまくいかない」と思ったら、反対にリーダーにアドバイスするべきである。強いチームを作ろうと思ったら、選手のレベルはそこまで来ていなければならない。

26、私は、リーダーである人間は基本的に感情を表にあらわした方がいいと考えている。感情的にならない方がいいと、へんに取り繕っていたのでは、真意が伝わらないばかりか、あの人は何を考えているのか判らないと、部下との間に溝を作りかねない。

27、自分のチームや部下たちの為になることなら、多少逆風を受けようと堂々と先頭に立つのがリーダーの役目だ。それができないような人間に、リーダーとなる資格はない。

28、日本人は決断するのに時間がかかるが、いざ決断して組織の方向性が決まるとやることが早い。これほど素早く行動できるのに、なぜ決断が遅いのか不思議に思えるほどだ。これも日本人の特性なのだろう。

29、日本人の決断の遅さは、仲間やチームを大切にする日本人特有の長所を働かせているというより、リーダーが自分一人で決断したことへの責任をとりたくないから、時間をかけてでもみんなで話し合って決定を下しているように思える。状況の変化に素早く反応しなければいけない現場の最先端にいるリーダーにとって、決断する勇気を持つことは何よりも大切なことだと私は考える。

30、きめ細かな目的を持った練習をさせ、しかも最も効果をあげるためには、なぜ、その練習をしなければいけないのかという理由を、選手に納得させることが大切だ。私は練習の前のミーテイングで練習の課題は何か、なぜ、それが課題になるのかを具体的に説明し、納得させている。

31、リーダーは、みんなの手本になる人間でなければならない。それは、試合や練習だけでなく、毎日の生活においてもみんなが見習うような人間であることが求められる。更に、誰とでも話ができる明るさと、間違っていると思ったことは間違っていると言い、正しいと思ったことを主張する自分の意見を持っていなければならない。

32、何事においても、「好き」という気持ちは上達の一番の要素になる。私が「サッカーの神様」と呼ばれるまでに技を磨くことができたのも、サッカーが好きで好きでたまらなかったからに他ならない。好きだから他の人間よりもうまくなりたかったし、練習も楽しくてしかたなかった。そういう気持ちが、私のサッカーの上達を支えてくれていたのである。

33、何よりも好きなことであれば、どんどんと自分から進んで勉強もするし、熱心にその勉強を積み重ねる。更に、研究心も湧いてくる。より大きな目的にチャレンジすることもできる。

34、好きなことを思いきりやれる環境。それは、個人の能力を伸ばすうえで、とても大切なものだ。