シクラメンは旋回する花 中村浩(根本満一部改変) 

シクラメン(cyclamen)はシリア原産といわれるサクラソウ科の植物であるが、地中海沿岸に野生している。16世紀にシクラメンの栽培が始まり、17世紀には盛んに品種改良が行われた。ドイツやイギリスでは大輪のものが作られるようになり、温室で栽培され、クリスマスの花としての地位を築くに至った。

 日本へは明治の初めに渡来した。明治17年に
東大の大久保三郎助教授によってブタノマンジュ
ウ(豚の饅頭)という和名が与えられている。この草が饅頭をつぶしたような円形の塊茎を持っているのでこの名が与えられたものである。シクラメンはヨーロッパではsowbread(豚のパン)と呼ばれているが、これは放し飼いの豚が、野生のシクラメンの塊茎をほじくりだして食べることによるものであろう。

 命名者の大久保助教授は、ブタノマンジュウとは適切な名だと自慢しておられたそうだが、牧野富太郎博士は、この草花にふさわしくない名だとし、明治末期に新たにその花をかがり火に見立ててカガリビバナと命名された。そしてこれは雅やかな名だと自画自賛しておられた。

 私が牧野先生から直接お聞きしたところでは、牧野先生が新宿御苑に一時勤務されていたころ、温室に栽培されていた真っ赤なシクラメンを見に、当時の名流婦人だった九条武子婦人が数人の華族婦人と共に来られ、“この花はまるでカガリ火のようね”と話されていたのを聞いて、この花をカガリビバナと名付けようと思いつかれたのだという。

 しかし、この花は今日ではもっぱらシクラメンと呼ばれている。シクラメンの野生種の学名はシクラメン・ペルシクム(cyclamen・persicum)という。シクラメンという言葉は、ラテン語の“旋回する”という意味で、英語のサイクル(cycle)と同じ意味である。

 シクラメンが、なぜ“旋回する”という呼び名を持っているかということについては、従来、その円形の塊茎によるとされていた。牧野博士の図鑑にもそのように説明されている。

 しかし、近時、園芸が盛んになると、野生種のシクラメンも輸入されるようになり、栽培品種のように立派ではないが、小形でつつましい野趣が愛好され、鉢植えなどにされて鑑賞されるようになった。この野生種のシクラメンは、つぼみが立つようになると、その花茎が螺旋形にねじれてくる。開花しても螺旋形にねじれた花茎が目立つ。これを見るとシクラメンが“旋回する”という意味を持つことがよく了解される。

 シクラメンという名は、塊茎が円形だからではなく、花茎が旋回することによるのは明かである。

 余談であるが、病気見舞いにシクラメンを持っていった時に、シ・クラメンとは言わずサイ・クラメンと言うことがあるそうです。死・クラメンという音(おん)が良くないので、シクラメンと言わずサイクラメンと偶然に言っていたのかも知れません。しかし、これはcyclamenをサイクラメンと読んだものか、意外とシクラメンの語源のcycleからきているのかも知れません。

 患者に対する気遣いが、偶然にもシクラメンの語源にまで及んでいることを一体どれくらいの人が知っているでしょうか。