挨拶の重要性について
「望猿鏡からみた世界」から

(京都大学霊鳥類研究所教授 河合雅雄 著)

 チンパンジーは群れから離れて旅行に出かけることがある。彼らは戻ってくると、群れの仲間、特に強い者にあいさつをするのである。つまり、あいさつをすることによって、群れへの復帰を許してもらうのだ。

 このことは、我々の日常を顧みても、素直に理解できる。2、3日休んで学校や会社に出たとき、まず仲間にあいさつをする。このとき、知らん顔をされたらどうだろう。ひどい疎外感に悩まされるに違いない。あいさつというのはしばらく切れていた仲間付き合いを復元する媒介者としての働きをするものなのだ。

 チンパンジーが群れの集団性に拘束されず、自由に行動することができるのは、あいさつという社会関係の調整行動を発明したからである。逆に言えば、あいさつ行動は、個体の自由を確保するために必要な基本的行動だと言える。

 あいさつというのは、個人の行動を束縛する窮屈な形式だと思っている人が多い。しかし、本来はその反対で、個人が対人関係をスムーズにすることによって、個人の自由を確立するために必要な行動なのである。

 しつけについて聞かれると、私は幼いときからあいさつをする癖をつけなさい、と言うことにしている。あいさつを失った人間集団は、蛙の群れのようなものだ。ただ、があがあ身勝手に鳴いているようなものだ。豊かな人間性は円滑な対人関係の中で発芽する。あいさつはその発根剤である。

・・・私の愛読書から紹介した文章ですが、正しくあいさつとは人間が進化の過程で獲得したものなのです。今こそあいさつの重要性を見直すべきだと思います。